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2018年5月29日 (火)

お荷物になる人

知人から以前にいただいた「親鸞」(しんらん)の本。

私が大好きな石井ゆかりさんの著書なのですが、親鸞の言葉を現代に通じる言葉、意味に変換したもの。

この中に、

「わが心の良くてころさぬにはあらず、また害せじと思うとも百人、千人をころすこともある」

訳は、自分の心が良くて殺さないのではない。
また殺すまいと思っても、百人も千人も殺すことさえあるだろう。

「やればできるのだ、私は」

と言う人は、結局はやらない。
しようと思えば勉強だってなんだってできる。
というのは、現実にはありえない。

期待や希望と矛盾する現実に遭遇し、望ましい自分とは遥かにかけ離れた自分が、いまここにいて、「こんな筈ではない自分」を生きている。

他人のせいで、こうなったわけでもなく、自分が選択したことのようでいて、実はそうではなく、どうしようもないこと、どうにもならないことは、自分では想像もできない力に委ねてしまえ。

善でも悪でもなき、今この瞬間から始められる。

抜粋して転載しましたが、想像も出来ない力とは、運ではないかと思うのです。運が時ならば、いつかその時が巡り来て、今この瞬間が訪れ、リスタートできる。

接木運や運気の転換期は、そういう意味においても、やり直しできるタイミングにも思うのです。

特に家族というのは、誰も語らなければ外からは見えません。
しかし、誰もが一人や二人、家族の中で負の遺産を背負うかのように、ダメな人としての何かを引き受けている人がいて。
一見平和で幸福に思える家庭でも、実はそうではなく、苦しみをひっそりと抱えていることの、何と多いことか。

そういう話を聞く度に、私はいつも思います。

もしかしたら、その家族の中のお荷物は自分が担当だったのかもしれない。でも、運良くそういう難しい自分になることを免れただけかも。

家族だからこそ、見捨てる事も縁切りもできません。
切れる事ができるのは、他人だけ。

そんな人にも、想像を超えた力が、運気が巡り、救われ新しい自分を始められるように。
運とは、激しく厳しく、優しいのだと信じて。

家族の誰かに心を痛めている人に、エールを込めて。



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