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2017年5月16日 (火)

介護という名の本質

日曜日の朝、羽田を発ち田舎へ。

今は、帰りの便の2時間以上も前の空港で、短い帰省の締めくくりに、伊佐美のロックと鰹のタタキで振り返っています。(^ ^)

現在入院中の母は、私が急に帰ってきたことに対し、自分のこれからに不安を感じていたのか、ご機嫌は良くなくて。
それでも妹のサポートに帰ってきたことは承知していて、一ヶ月の入院生活にも、愚痴一つ言わずに我慢強くリハビリ中。

私達娘にシモの世話はして欲しくないらしく、お手洗い後の清拭は、自分でやろうとします。手を出すと涙ながらに拒否。

母の尊厳。

今後の状況に合わせて、どんなプランがいいのか、母の本音も聞き、兄も交えて相談したり、介護に関する情報も足を運んで見学したり。

介護保険と介護施設の仕組みが、根っこの部分でようやく理解でき、これから先のプランニングができたことは、大きな前進でした。

田舎は、たとえ病院であろうとも、義理人情が最優先で嫌でも我慢してしまう。
妹は母がかなり我慢していることが気持を暗くさせ、また焦りも感じて、背負う事の難しさ、母の願いとのギャップに心を痛めたり。

帰省中の短い間に、母が希望する幸せの形と、私達が母のためと思い考える形には、大きな乖離がありました。ただ、その母の願いを叶えるには、兄夫婦の生き方そのものがダイレクトに結びつく。

母の意思を尊重したいが、実際はまだまだ未知数で。それぞれの気持ちや事情はあれど、兄弟姉妹が母のために心を一つに出来たことは収穫でした。

忍耐強く意思強固でありながら、それぞれに配慮してばかりの母が、可哀想でもあり複雑な思いです。

自力で歩けるようになるよう、まずはその一歩を。

老いていく悲しみと、何が幸せな選択なのか、母に学んだ帰省でした。

さて、帰りますか。





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